2019年03月31日

熊野古道 紀伊路を語り部と歩く 第3回・紀伊宮原〜河瀬王子

熊野古道 紀伊路を語り部と歩く 第3回・紀伊宮原〜河瀬王子

開催日:2019年3月24日(日)

今回は6年前に歩いたコースを再び、でしたが、なんせ6年前なんで忘れてるところあり、懐かしいところあり、なウォークでした。
今回は3月で少し寒いカンジでしたが、お天気も良く歩きやすい気候でよかったです。

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今回は前回のゴール地点、JR紀伊宮原駅からスタートです。
しばらく歩くと渡し場跡があります。
昔は橋がなかったので舟で渡っていました。

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今は橋を渡ります。

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対岸に来ました。

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さらに進んで得生寺です。
こちらは中将姫ゆかりのお寺で、お堂には中将姫の像が安置されております。

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糸我村の一里塚です。
紀州藩が熊野街道整備の一環として築いたものだそうです。
中山道で一里塚相当見てきてるので、何かここで見れるの嬉しいですね〜☆

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糸我稲荷神社です。
本朝最初と扁額にあるように、伏見稲荷より前にできた神社とのことです。
奥に見えている楠大きいですねー。
ご朱印帳持ってけば良かったな〜残念。
この神社の向かいに白河法皇が籠をとめて休憩したという看板と石があって、前行った時はそっちの方が印象強かったみたいです(苦笑)。

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ここから少しずつ上がっていきます。
左手には庚申堂があります。

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で、糸我王子です。
現在稲荷神社に合祀されていますが、こちらにも糸我王子社としてお祀りされています。

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いいお天気です。

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道の途中に糸我王子社跡の碑があります。
みかんが美味しそう〜。

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どんどん上がっていきます。

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良い眺めです。

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見にくいですが七曲りです。ここを上がった先が糸我峠です。

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糸我峠到着です!
前回の峠越えがキツかったからか、今回はそれほどしんどくは感じなかったです。

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上がれば下りになります。当然やけど。

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正直下りの方がキツい(苦笑)。

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奥に海が見えます。

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逆川王子跡です。

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6年前も書いてますけど、逆川王子の由来となった逆川です。

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さらに進んで弘法井戸。

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この飛越橋を渡って行くのが中世の熊野古道だそうで、今回は渡らずに近世の道を歩きます。

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湯浅の街並みです。
熊野古道で街中を通るには珍しいそうです。確かに山道多い気がする・・・。

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道標です。天保9年(1838)の建立。
またここでは聖護院及び三宝院の門跡が護摩を修したとのことです。

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紀伊国屋文左衛門の若かりし時の像です。
いや〜、こんなんできたんですねえ。

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JR湯浅駅です。
湯浅は醤油で有名なんだとか。

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6年前も載せたけど、紀伊国屋文左衛門之碑です。
ここは変わってないですね〜。綺麗に整備されています。

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そして久米崎王子跡です。

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広川の川沿いを歩きます。

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津兼(井関)王子跡です。
看板がちょっと大変なことになってます(悲)。

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奥にも碑があります。

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養生場跡です。
花壇が綺麗にされています。

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今回のゴール、河瀬王子跡です。
ここは何か見たな〜って思いました。山のカンジとか。ま、行ってるんで当然なんですけど。
次はここからになります。
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2019年03月04日

熊野古道 紀伊路を語り部と歩く 第2回・藤白神社〜紀伊宮原<後編>

(前編からの続きです。)

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お昼ご飯を食べた後、再び歩きます。ここから横道に入ります。

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みかんがあちこちでなっていました。さすが和歌山だなぁ〜。

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橘本王子跡です。阿弥陀寺の境内にあります。
藤原定家や藤原頼資等の日記には「橘下王子」と書かれていて、それは「日本書紀」に田道間守が常世の国から橘の木を持ち帰り、それをこの地に植えたという言い伝えから橘下王子のいわれがあるためだそうです。
橘を温州蜜柑の原種とする説に基づき、この地は紀州蜜柑発祥の地とされています。
ということで、橘の木が植わっております。

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所坂王子跡です。
この王子社は明治時代に塔下王子社、橘本王子社を合祀し、橘本王子神社(現、橘本神社)になりました。
橘本神社はみかんとお菓子の神さまとして全国のみかん、菓子業者から崇められているとのことです。

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小ぢんまりしているようで、なかなか風情のある神社です。

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さらに進みます。
こちら1号橋なんですけど、これが23号橋までいった先に次の峠、拝ノ峠が出てくるそうです。

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こんな道が続きます。
1つの橋の先が1つの家みたいなカンジでなんかすごい・・・。

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一壺王子跡です。

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現在こちらは山路王子神社となっておりまして、秋の大祭には有名な「泣き相撲」が行われます。

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ここが23号橋です。いよいよ拝ノ峠です!

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ゆるやかに上がっていきます。

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だんだんキツくなる・・・(汗)。

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で、この急勾配!ヤバくね?!自動車上にありますけど、どう上げたのでしょうか・・・。

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なんとか上りきりましたー!!
この峠全部アスファルト道なんで、足にめっちゃくる〜(泣)。

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でもすっげー眺めはいいです。

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で、蕪坂塔下王子跡です。
ここから下りになりますが、下りは下りで大変なのよ〜。
結構な急坂でほぼアスファルト道やから特に。

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ちょっと分かりにくいですが、こちらの道を下りていきます。

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眺めはすごくいいです。

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山口王子跡です。
こちらは公園になってます。

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上の写真の碑は後で建てられたもので、それまでは左の手水鉢と右のソテツしかなかったらしいです。

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風車の白が青い空にめちゃ映えますねー。

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今回のゴール地点、紀伊宮原駅です。
キツいコースとは聞いてたけどやっぱりキツかったです。というか、アスファルトがキツいのよ、地道やったらそれほどではないと思うんやけどね〜。
posted by 花衣 悠希 at 21:13| Comment(0) | 熊野古道ウォーク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月03日

熊野古道 紀伊路を語り部と歩く 第2回・藤白神社〜紀伊宮原<前編>

熊野古道 紀伊路を語り部と歩く 第2回・藤白神社〜紀伊宮原

開催日:2019年2月24日(日)

熊野古道紀伊路2回めです。
以前歩いた時は、この区間と中辺路の一部が抜けてたので、今回ようやくその一つが埋まって良かったです。
お天気にも恵まれ、何よりでした☆

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前回のゴール地点の藤白神社で正式参拝とお守りをいただきましてスタートです。
上の写真は神社の境内です。
正式参拝、空気が清浄になりますね。すごく体が軽くなったカンジがしました。

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少し歩くと、有間皇子のお墓と万葉歌碑があります。
話には聞いてましたけど、こんな近くにあったのかと改めて思いました。
有間皇子、私には漫画「天上の虹」のイメージがすごく強いです。

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ここから藤白坂に入っていきます。
今回の区間では2つ峠を越えますが、こちら藤白坂はそのうちの一つです。
藤白坂には丁石地蔵が十七体ありまして、写真は一丁地蔵です。享保の初め頃のもので貴重なものだそうです。
この丁石地蔵がおられると、峠を越えるのも励みになります。

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最初はこんなカンジ。

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ゆるやかに上がっていきます。

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大分高くなってきました。

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五丁です。

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こちらは七丁。

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八丁。色々とバリエーションがありますね。

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段々畑が美しい〜。

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眺めはいいんですけど、住友金属の製鉄所とか関電の発電所とかが人工的すぎて微妙・・・。

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竹やぶがめっちゃ絵になりますね☆
真っ直ぐ伸びた青竹がすがすがしいです。

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藤白坂看板です。
山道では、こういう看板はありがたいですね。

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筆捨松です。
何か植わってますけど本来のものじゃないよね、きっと。
平安前期の仁和年間の頃、絵師巨勢金岡が熊野詣の途中に童子と出会い競画することになり、金岡は松に鶯、童子は松に烏をかきました。で、童子が手を叩くと鶯も烏も絵から飛んでいき、童子がまた呼ぶと烏は戻ってきたけど鶯は戻らなくて、それで金岡は無念!と筆を投げ捨て、その筆が落ちた場所が筆捨松と呼ばれるようになったそうです。

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こちらは硯石です。大きいですね〜。
紀州徳川家初代徳川頼宣の命で大石に硯の形を彫らせたものとのことです。
元は筆捨松の大木の根元に立っていたらしいですが、昭和58年の水害で押し流されてしまったため、今こんな風に置いているようです。

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この辺りが十四丁。

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で、ラスト十七丁。

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石造宝篋印塔です。
こちら二種の緑泥片岩を交互に積み上げている珍しいものなんだとか。

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塔下王子跡に来ました。このお寺は地蔵峰寺です。

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「塔下」は峠の当て字だそうです。
この王子社は明治時代に橘本王子社と共に橘本神社に合祀されたとのことです。

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祠はあります。

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塔下王子の裏手にある御所の芝です。
藤原定家もここに来て、その景観の素晴らしさを記しているそうです。
まー現在は埋め立てと工場であんまり・・・なカンジですけどね〜。
ここでお昼ごはんを食べましたけど、もー寒くて寒くて鼻血吹きましたよ(涙)。
下のお寺で食べれば良かったよ〜。

(後編に続きます。)
posted by 花衣 悠希 at 15:42| Comment(0) | 熊野古道ウォーク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月31日

熊野古道 紀伊路を語り部と歩く 第1回・布施屋の渡し場〜藤白神社

熊野古道 紀伊路を語り部と歩く 第1回・布施屋の渡し場〜藤白神社

開催日:2019年1月27日(日)

超絶久しぶりの熊野古道紀伊路です!
何と6年ぶり!!
前回はクラツーで歩いたのですが、その時2回抜けがあってそれきりに・・・(汗)。
この中途半端感が気になってて改めて歩いてみようと思い、今回はトラ日で参加しました。

今回第1回のルートは前回歩いているので(大阪編第6回)、おぼろげながら覚えているところもあって懐かしかったです。
が、それ以上に自分年とったなあと思いましたね〜(苦笑)。

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ということで、布施屋の渡し場からのスタートです。ここは変わらないですね〜。
最初ちょっと雲行きがあやしい感じでヒヤヒヤしました。

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こちらJR和歌山線の布施屋駅です。
トイレは昔ながらの「ぼっとん」らしいです・・・。

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本日最初の王子社、川端王子跡です。
和歌山県が発行している熊野古道紀伊路押印帳のスタンプポイントです。以前持ってたんだけど、ほっちゃったんですよね〜。状況によればまたスタンプ集めるかも。

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長多家住宅。庄屋さんのお家で、登録有形文化財に指定されています。
外から見てもすごく大きいところで、約400坪の敷地に200坪の建物が建っているそうです。

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少し進んだところにある旧中筋家住宅。上の長多家よりも上の大庄屋さんのお家です。
12月から2月までは休館中で入れませんでした。
以前入ったことありますけど、大きいという印象でした。

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こんな道を歩きます。
基本アスファルト道なので、結構足にきます。

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和佐王子跡です。少し高いところにあるのが印象的。
前回は和佐大八郎のお墓も行ってましたね。(今回は行ってません。)

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矢田峠登り口です。
ようやく地道ですよ〜(嬉)。

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まだ上に上がります。
あのトラックにはイノシシがいました。びっくり!

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上がったら下ります。
見晴らし良いですね☆

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平緒王子跡です。

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黄色い梅が咲いていました。春も近い感じ⁈

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わかやま電鉄貴志川線の伊太祁曽駅です。

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たま駅長がいます。
お昼寝中〜。

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たまグッズがすごい!

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たま押し感がすごい!!

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紀州一宮、伊太祁曽神社です。
木の神様を祀る神社です。
前回来たときに御朱印いただいてなかったので、今回いただけて感無量でした☆
なかなか来れないからね・・・。

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木の俣くぐりです。
大屋毘古神が木の俣を利用して大国主命を助けた神話にちなみ、この穴をくぐると災難除けになるそうです。

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御井社です。
前回はここまで行かなかったので、今回初めて見ました。
いのちの水と呼ばれ、病人に飲ませると活力を得るんだとか。

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さらに進んで奈久智王子跡です。

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そして松坂王子跡。
ここの道、交通量が多いんで前回も道路の向こう側から見た気がします。ある意味で近くて遠い(?!)王子社です。

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熊野古道、本当は右の道らしいですが、今回は左のアスファルト道を通りました。
前回はこだわって右の道を通りましたが、アップダウンきつかったです。今回は回避して年とったと思いましたね(苦笑)。

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汐見峠です。
本当はこの上を通ってたらしいですが、今は削っちゃって低くなってるので海原はさすがに見えないです。

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ここの上を上がれば松代王子跡です。

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意外と早く着きます。
道を整備していただいているおかげです。感謝。

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川沿いを歩きます。

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菩提房王子跡です。
本当はこの後祓戸王子があるのですが、遠いということで今回はパス。(前回は行きました。)

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今回のゴール、藤白神社です。
久々に来ましたね〜。ようやくお守りをお返しできて良かったです。

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境内はこんな感じ。
次回はこちらで道中安全のご祈祷をいただけるとのことで、ありがたいです。
posted by 花衣 悠希 at 21:55| Comment(0) | 熊野古道ウォーク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月18日

筥崎宮(パート2)

筑前国一宮 筥崎宮
住所:福岡県福岡市東区箱崎1丁目22番1号

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博多にセミナーを受けに来たので、せっかくなので筥崎宮にお詣りしてきました☆
実は2011年にもお詣りしていまして(何と8年前!)、2度目となります。
前回も雨だったようですが、今回も微妙に雨でした(苦笑)。
流石に1月は参拝される方多いですね〜。

さて、筥崎宮は宇佐、石清水両宮とともに日本三大八幡宮に数えられる神社です。
延喜21年(921)、醍醐天皇が神勅により「敵国降伏」の宸筆を下賜され、この地に壮麗な御社殿を建立し、延長元年(923)、筑前大分より還座したとのことです。
鎌倉中期の元寇の時に神風が吹き未曾有の困難に打ち勝ったことから厄除、勝運の神として有名です。

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前回も載せてますが、こちら一之鳥居です。国指定重要文化財です。
慶長14年(1609)、黒田長政が建立したものとのことです。

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こちらも前回載せてますが、楼門です。国指定重要文化財です。
文禄3年(1594)筑前領主、小早川隆景が建立。
「敵国降伏」の扁額を掲げていることから、伏敵門とも呼ばれています。
ちなみにこの扁額は亀山上皇の御宸筆を謹写拡大したものだそうです。
やはりこの扁額はインパクトありますよね〜。

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神木「筥松」です。
応神天皇がお生まれになった時の御胞衣を箱に入れ、この地に納めたしるしとして植えられた松とのことです。
ここに色々な絵馬が掛けられていましたが、プロ野球のソフトバンクなど福岡のプロスポーツチームの絵馬が掛けられていたのでびっくりしました。
勝運の神さまですもんね〜。これはご利益ありそう!
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2019年01月12日

椿大神社

伊勢国一宮 椿大神社(つばきおおかみやしろ)
住所:三重県鈴鹿市山本町

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今回最後に訪れたのが、伊勢国一宮、椿大神社です。
こちらの神社は延喜式内社にも列され、全国の猿田彦大神の総本宮でもあります。
まさか行くとは思ってなかったのでびっくり!でも一回は行ってみたかったのでラッキーとも思いました☆
ただめちゃめちゃ車が混んでて、駐車場に入るだけで1時間半も待たされた〜(泣)。
そんな訳で、奥宮にも行けず境内にどんなのがあるかもよく見ることも出来ず残念でした。
本当はこの神社内の神気を感じることができれば十分とは思うんですけど、やっぱ欲が出ちゃうんですね〜(苦笑)。

本殿もずらっと参拝される人が並んでいて、もうそんなん待ってたら集合時間間に合わへんから横からちゃっとお賽銭入れさせてもらってお参りさせていただきました。
でも御朱印は割と早くいただけたので良かったです。
参道も色んなお店が並んでいて賑やかでした☆
草餅を食べましたが、甘すぎず美味しかったです。
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2019年01月11日

龍光寺

龍光寺
住所:三重県鈴鹿市神戸2丁目20−8

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お城の次に訪れたのが、近くにある龍光寺です。
このお寺は応永30年(1423)に称光天皇の勅により伊勢国司北畠満雅を開基として創建され、開山には時の名僧悦叟大忻禅師を迎えました。
戦国時代の天文23年(1554)には後奈良天皇が再興を命じ、寺格を南禅寺に準ずると位置づけ。
江戸時代に幕府が朝廷から紫衣勅許の権限を取り上げる(紫衣事件)まで、代々住持は天皇から紫衣を賜っていました。(事件以降は幕府からの賜紫となりました。)

そういうすごい経歴のお寺ですが、特に有名なのが「かんべの寝釈迦」でして、「日本三幅の一つ」と言われる大涅槃図があります。十六畳敷もあり、毎年3月の涅槃会にご開帳されるそうです。

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こちら方丈です。

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近づくと龍が2体いらっしゃるのが分かります。さすが龍光寺というだけはあります。

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庫裡と大玄関。趣があります。
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2019年01月10日

神戸城跡

神戸城跡(かんべじょうあと)
住所:三重県鈴鹿市神戸5丁目10
沿革:貞治 6年(1367) 伊勢亀山城主、関盛政の長男盛澄が神戸の西に沢城を築き、神戸氏を名乗る。
1550年頃 神戸利盛が神戸城を築き、本拠を移す。
永禄 11年(1568) 織田信長の侵攻により、信長の三男信孝を養子に迎えて和睦する。
天正 8年(1580) 信孝、城を拡張し金箔の瓦を用いた五層の天守を建てる。
文禄 4年(1595) 天守が桑名城に移される。
慶長 6年(1601) 一柳直盛が城主となる。
その後、一柳直盛は伊予西条に転封。神戸は天領になり、城は破却される。
享保 17年(1732) 本多忠統が1万6千石で入封。譜代大名として城持ちが許され、神戸城が再建される。
明治 8年(1875) 城が解体される。

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次に訪れたのが神戸城です。
信長が三男信孝を養子にやって、実質神戸氏を乗っ取ったという、その舞台のお城です。
現在は本丸部分の天守台が残っています。

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この赤色の橋を渡った向こう側が本丸です。

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堀跡です。こういうのを見ると、お城だな〜って思います。

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天守台の石垣!思ったよりちゃんと残ってますね〜。

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何もありませんが本丸部分。

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天守台を全体的に見るとこんな感じ。
この上に五層の天守がそびえ立っていたなんて、今では想像もつきません。

ちなみに二の丸は現在神戸高校になっています。
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2019年01月08日

油日神社

油日神社(あぶらひじんじゃ)
住所:滋賀県甲賀市甲賀町油日1042番地

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毎年開催されている恵方初詣ツアーに参加してきました☆
今年の恵方は東北東ということで、大阪からの東北東方面の神社とお寺、お城を訪れました。
久しぶりにお会いできた方も多くて、楽しい1日を過ごすことができました♪
お天気もまずまずで本当に良かったです。

まず最初に訪れたのが、こちら油日神社です。
大阪からの恵方ドンピシャだそうです。
油日神社は南鈴鹿の霊峰油日岳の麓に鎮座する古社で、古くは油日岳を神体山とし、社伝では頂上に大明神が降臨して油の火のような光明を発したことから油日の名がつけられたとされ、山頂には岳大明神が祀られています。
中世には甲賀武士たちが「甲賀の総社」として信仰していたとのことです。
また本殿、拝殿、楼門や廻廊は国指定重要文化財に指定されています。
ひっそりとしていますが、実はすごい由緒ある神社です。

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奥に見えるのが神社です。
ちょっと天気が曇ってるのが逆に神秘的なカンジがします。

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こちらは楼門。

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で、その楼門に続く廻廊。重厚感がすごい!

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そして拝殿。
この奥の本殿は明応4年(1495)に建てられたものだそうです。
すべて重文ってのが驚きです。

うちらが来た時は誰もいてはらなかったので、空気が清浄で清々しくて癒される感じがしました。
多分神さまもいてはったんちゃうかな〜と勝手に思ってたりしてます。(霊感はありませんが。)

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神社を出たところには灯籠がいっぱい!
夜になるとちょっと怖いかも。

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少し進むと油日館跡の碑があります。

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先にも触れましたが、油日神社の御神体の油日岳はこの遥拝所の向こうに見える高い山です。
下からお社を覗くと丁度お山がこのお社の中に入るとのことでやってみました。

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それがこちら。
写ってないかなと思ってたんですけど、ちゃんと入ってました!
ありがたいですね〜。幸先良い気がします☆
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2019年01月03日

石清水八幡宮

石清水八幡宮
住所:京都府八幡市八幡高坊30

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明けましておめでとうございます!
本年も皆さまにとってよい年でありますように。

と、いうことで初詣で石清水八幡宮に行ってきました。
やはり人は多かったですね〜。

さて石清水八幡宮は貞観2年(860)の創建です。
都の裏鬼門を守護し、伊勢神宮に次ぐ国家第二の宗廟で、宇佐神宮、鶴岡八幡宮とともに日本三大八幡宮の一つと称されています。
天正8年(1580)に織田信長が社殿修復をし、その後豊臣秀吉の廻廊再建、豊臣秀頼の社殿再建を経て、現在の社殿は寛永11年(1634)の徳川家光の造営によるものだそうです。
その社殿は八幡造で現存最古で最大規模のものとなっています。
そして平成28年に本社十棟、附 棟札三枚が国宝に指定されました。

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楼門がこちら。人が多すぎてこんな角度でしか撮れない・・・(涙)。
でも実に気どったところのない、フレンドリーな雰囲気のところでしたので、また行けたらな〜と思っています。(山上がるの大変ですけどね(苦笑)。)
posted by 花衣 悠希 at 20:54| Comment(0) | 寺院・神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする