2019年01月31日

熊野古道 紀伊路を語り部と歩く 第1回・布施屋の渡し場〜藤白神社

熊野古道 紀伊路を語り部と歩く 第1回・布施屋の渡し場〜藤白神社

開催日:2019年1月27日(日)

超絶久しぶりの熊野古道紀伊路です!
何と6年ぶり!!
前回はクラツーで歩いたのですが、その時2回抜けがあってそれきりに・・・(汗)。
この中途半端感が気になってて改めて歩いてみようと思い、今回はトラ日で参加しました。

今回第1回のルートは前回歩いているので(大阪編第6回)、おぼろげながら覚えているところもあって懐かしかったです。
が、それ以上に自分年とったなあと思いましたね〜(苦笑)。

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ということで、布施屋の渡し場からのスタートです。ここは変わらないですね〜。
最初ちょっと雲行きがあやしい感じでヒヤヒヤしました。

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こちらJR和歌山線の布施屋駅です。
トイレは昔ながらの「ぼっとん」らしいです・・・。

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本日最初の王子社、川端王子跡です。
和歌山県が発行している熊野古道紀伊路押印帳のスタンプポイントです。以前持ってたんだけど、ほっちゃったんですよね〜。状況によればまたスタンプ集めるかも。

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長多家住宅。庄屋さんのお家で、登録有形文化財に指定されています。
外から見てもすごく大きいところで、約400坪の敷地に200坪の建物が建っているそうです。

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少し進んだところにある旧中筋家住宅。上の長多家よりも上の大庄屋さんのお家です。
12月から2月までは休館中で入れませんでした。
以前入ったことありますけど、大きいという印象でした。

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こんな道を歩きます。
基本アスファルト道なので、結構足にきます。

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和佐王子跡です。少し高いところにあるのが印象的。
前回は和佐大八郎のお墓も行ってましたね。(今回は行ってません。)

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矢田峠登り口です。
ようやく地道ですよ〜(嬉)。

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まだ上に上がります。
あのトラックにはイノシシがいました。びっくり!

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上がったら下ります。
見晴らし良いですね☆

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平緒王子跡です。

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黄色い梅が咲いていました。春も近い感じ⁈

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わかやま電鉄貴志川線の伊太祁曽駅です。

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たま駅長がいます。
お昼寝中〜。

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たまグッズがすごい!

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たま押し感がすごい!!

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紀州一宮、伊太祁曽神社です。
木の神様を祀る神社です。
前回来たときに御朱印いただいてなかったので、今回いただけて感無量でした☆
なかなか来れないからね・・・。

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木の俣くぐりです。
大屋毘古神が木の俣を利用して大国主命を助けた神話にちなみ、この穴をくぐると災難除けになるそうです。

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御井社です。
前回はここまで行かなかったので、今回初めて見ました。
いのちの水と呼ばれ、病人に飲ませると活力を得るんだとか。

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さらに進んで奈久智王子跡です。

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そして松坂王子跡。
ここの道、交通量が多いんで前回も道路の向こう側から見た気がします。ある意味で近くて遠い(?!)王子社です。

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熊野古道、本当は右の道らしいですが、今回は左のアスファルト道を通りました。
前回はこだわって右の道を通りましたが、アップダウンきつかったです。今回は回避して年とったと思いましたね(苦笑)。

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汐見峠です。
本当はこの上を通ってたらしいですが、今は削っちゃって低くなってるので海原はさすがに見えないです。

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ここの上を上がれば松代王子跡です。

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意外と早く着きます。
道を整備していただいているおかげです。感謝。

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川沿いを歩きます。

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菩提房王子跡です。
本当はこの後祓戸王子があるのですが、遠いということで今回はパス。(前回は行きました。)

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今回のゴール、藤白神社です。
久々に来ましたね〜。ようやくお守りをお返しできて良かったです。

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境内はこんな感じ。
次回はこちらで道中安全のご祈祷をいただけるとのことで、ありがたいです。
posted by 花衣 悠希 at 21:55| Comment(0) | 熊野古道ウォーク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月18日

筥崎宮(パート2)

筑前国一宮 筥崎宮
住所:福岡県福岡市東区箱崎1丁目22番1号

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博多にセミナーを受けに来たので、せっかくなので筥崎宮にお詣りしてきました☆
実は2011年にもお詣りしていまして(何と8年前!)、2度目となります。
前回も雨だったようですが、今回も微妙に雨でした(苦笑)。
流石に1月は参拝される方多いですね〜。

さて、筥崎宮は宇佐、石清水両宮とともに日本三大八幡宮に数えられる神社です。
延喜21年(921)、醍醐天皇が神勅により「敵国降伏」の宸筆を下賜され、この地に壮麗な御社殿を建立し、延長元年(923)、筑前大分より還座したとのことです。
鎌倉中期の元寇の時に神風が吹き未曾有の困難に打ち勝ったことから厄除、勝運の神として有名です。

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前回も載せてますが、こちら一之鳥居です。国指定重要文化財です。
慶長14年(1609)、黒田長政が建立したものとのことです。

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こちらも前回載せてますが、楼門です。国指定重要文化財です。
文禄3年(1594)筑前領主、小早川隆景が建立。
「敵国降伏」の扁額を掲げていることから、伏敵門とも呼ばれています。
ちなみにこの扁額は亀山上皇の御宸筆を謹写拡大したものだそうです。
やはりこの扁額はインパクトありますよね〜。

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神木「筥松」です。
応神天皇がお生まれになった時の御胞衣を箱に入れ、この地に納めたしるしとして植えられた松とのことです。
ここに色々な絵馬が掛けられていましたが、プロ野球のソフトバンクなど福岡のプロスポーツチームの絵馬が掛けられていたのでびっくりしました。
勝運の神さまですもんね〜。これはご利益ありそう!
posted by 花衣 悠希 at 20:55| Comment(0) | 寺院・神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月12日

椿大神社

伊勢国一宮 椿大神社(つばきおおかみやしろ)
住所:三重県鈴鹿市山本町

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今回最後に訪れたのが、伊勢国一宮、椿大神社です。
こちらの神社は延喜式内社にも列され、全国の猿田彦大神の総本宮でもあります。
まさか行くとは思ってなかったのでびっくり!でも一回は行ってみたかったのでラッキーとも思いました☆
ただめちゃめちゃ車が混んでて、駐車場に入るだけで1時間半も待たされた〜(泣)。
そんな訳で、奥宮にも行けず境内にどんなのがあるかもよく見ることも出来ず残念でした。
本当はこの神社内の神気を感じることができれば十分とは思うんですけど、やっぱ欲が出ちゃうんですね〜(苦笑)。

本殿もずらっと参拝される人が並んでいて、もうそんなん待ってたら集合時間間に合わへんから横からちゃっとお賽銭入れさせてもらってお参りさせていただきました。
でも御朱印は割と早くいただけたので良かったです。
参道も色んなお店が並んでいて賑やかでした☆
草餅を食べましたが、甘すぎず美味しかったです。
posted by 花衣 悠希 at 21:38| Comment(0) | 寺院・神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月11日

龍光寺

龍光寺
住所:三重県鈴鹿市神戸2丁目20−8

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お城の次に訪れたのが、近くにある龍光寺です。
このお寺は応永30年(1423)に称光天皇の勅により伊勢国司北畠満雅を開基として創建され、開山には時の名僧悦叟大忻禅師を迎えました。
戦国時代の天文23年(1554)には後奈良天皇が再興を命じ、寺格を南禅寺に準ずると位置づけ。
江戸時代に幕府が朝廷から紫衣勅許の権限を取り上げる(紫衣事件)まで、代々住持は天皇から紫衣を賜っていました。(事件以降は幕府からの賜紫となりました。)

そういうすごい経歴のお寺ですが、特に有名なのが「かんべの寝釈迦」でして、「日本三幅の一つ」と言われる大涅槃図があります。十六畳敷もあり、毎年3月の涅槃会にご開帳されるそうです。

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こちら方丈です。

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近づくと龍が2体いらっしゃるのが分かります。さすが龍光寺というだけはあります。

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庫裡と大玄関。趣があります。
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2019年01月10日

神戸城跡

神戸城跡(かんべじょうあと)
住所:三重県鈴鹿市神戸5丁目10
沿革:貞治 6年(1367) 伊勢亀山城主、関盛政の長男盛澄が神戸の西に沢城を築き、神戸氏を名乗る。
1550年頃 神戸利盛が神戸城を築き、本拠を移す。
永禄 11年(1568) 織田信長の侵攻により、信長の三男信孝を養子に迎えて和睦する。
天正 8年(1580) 信孝、城を拡張し金箔の瓦を用いた五層の天守を建てる。
文禄 4年(1595) 天守が桑名城に移される。
慶長 6年(1601) 一柳直盛が城主となる。
その後、一柳直盛は伊予西条に転封。神戸は天領になり、城は破却される。
享保 17年(1732) 本多忠統が1万6千石で入封。譜代大名として城持ちが許され、神戸城が再建される。
明治 8年(1875) 城が解体される。

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次に訪れたのが神戸城です。
信長が三男信孝を養子にやって、実質神戸氏を乗っ取ったという、その舞台のお城です。
現在は本丸部分の天守台が残っています。

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この赤色の橋を渡った向こう側が本丸です。

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堀跡です。こういうのを見ると、お城だな〜って思います。

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天守台の石垣!思ったよりちゃんと残ってますね〜。

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何もありませんが本丸部分。

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天守台を全体的に見るとこんな感じ。
この上に五層の天守がそびえ立っていたなんて、今では想像もつきません。

ちなみに二の丸は現在神戸高校になっています。
posted by 花衣 悠希 at 21:14| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月08日

油日神社

油日神社(あぶらひじんじゃ)
住所:滋賀県甲賀市甲賀町油日1042番地

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毎年開催されている恵方初詣ツアーに参加してきました☆
今年の恵方は東北東ということで、大阪からの東北東方面の神社とお寺、お城を訪れました。
久しぶりにお会いできた方も多くて、楽しい1日を過ごすことができました♪
お天気もまずまずで本当に良かったです。

まず最初に訪れたのが、こちら油日神社です。
大阪からの恵方ドンピシャだそうです。
油日神社は南鈴鹿の霊峰油日岳の麓に鎮座する古社で、古くは油日岳を神体山とし、社伝では頂上に大明神が降臨して油の火のような光明を発したことから油日の名がつけられたとされ、山頂には岳大明神が祀られています。
中世には甲賀武士たちが「甲賀の総社」として信仰していたとのことです。
また本殿、拝殿、楼門や廻廊は国指定重要文化財に指定されています。
ひっそりとしていますが、実はすごい由緒ある神社です。

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奥に見えるのが神社です。
ちょっと天気が曇ってるのが逆に神秘的なカンジがします。

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こちらは楼門。

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で、その楼門に続く廻廊。重厚感がすごい!

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そして拝殿。
この奥の本殿は明応4年(1495)に建てられたものだそうです。
すべて重文ってのが驚きです。

うちらが来た時は誰もいてはらなかったので、空気が清浄で清々しくて癒される感じがしました。
多分神さまもいてはったんちゃうかな〜と勝手に思ってたりしてます。(霊感はありませんが。)

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神社を出たところには灯籠がいっぱい!
夜になるとちょっと怖いかも。

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少し進むと油日館跡の碑があります。

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先にも触れましたが、油日神社の御神体の油日岳はこの遥拝所の向こうに見える高い山です。
下からお社を覗くと丁度お山がこのお社の中に入るとのことでやってみました。

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それがこちら。
写ってないかなと思ってたんですけど、ちゃんと入ってました!
ありがたいですね〜。幸先良い気がします☆
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2019年01月03日

石清水八幡宮

石清水八幡宮
住所:京都府八幡市八幡高坊30

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明けましておめでとうございます!
本年も皆さまにとってよい年でありますように。

と、いうことで初詣で石清水八幡宮に行ってきました。
やはり人は多かったですね〜。

さて石清水八幡宮は貞観2年(860)の創建です。
都の裏鬼門を守護し、伊勢神宮に次ぐ国家第二の宗廟で、宇佐神宮、鶴岡八幡宮とともに日本三大八幡宮の一つと称されています。
天正8年(1580)に織田信長が社殿修復をし、その後豊臣秀吉の廻廊再建、豊臣秀頼の社殿再建を経て、現在の社殿は寛永11年(1634)の徳川家光の造営によるものだそうです。
その社殿は八幡造で現存最古で最大規模のものとなっています。
そして平成28年に本社十棟、附 棟札三枚が国宝に指定されました。

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楼門がこちら。人が多すぎてこんな角度でしか撮れない・・・(涙)。
でも実に気どったところのない、フレンドリーな雰囲気のところでしたので、また行けたらな〜と思っています。(山上がるの大変ですけどね(苦笑)。)
posted by 花衣 悠希 at 20:54| Comment(0) | 寺院・神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月31日

櫛田神社

櫛田神社
住所:福岡県福岡市博多区上川端町1番41号

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こちらは博多の総鎮守の神社です。
現在の社殿は天正15年(1587)の太閤豊臣秀吉の寄進によるものだそうです。

「成功している人はなぜ神社に行くのか」の著者、八木龍平さんがブログでこの神社を参拝されていると言われていたので、せっかく博多に来るならと思い、行ってきました☆
ホントににぎやかな界隈にありまして、そのせいか割と柔らかい雰囲気だなと感じました。

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飾り山笠も奉納されていました。
煌びやかで華やかですね〜!
posted by 花衣 悠希 at 18:00| Comment(0) | 寺院・神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月30日

住吉神社

筑前国一宮 住吉神社
住所:福岡県福岡市博多区住吉3–1−51

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博多にライブを見に行くことがあって、せっかくなので神社参拝してきました!
JR博多駅から徒歩で行ける距離でして、行きやすかったです。
街中なんですけど、境内はすごく静かで空気が爽やかでした。

さて住吉神社は「延喜式」の式内社で筑前国一宮、旧官幣小社です。
古代から国家鎮護や船舶守護の神として信仰されてきました。
全国に約2000社ある住吉神社の始原とされています。

なお、中世の終わり頃までは博多湾がこの一帯まで大きく湾入していて、河口に突出した場所に立地していたそうです。
今とは地形も全然違うんですね〜。

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こちらは神門です。
赤色が映えますね☆

神門をくぐった先には本殿がありますが、現在の本殿は元和9年(1623)に福岡藩初代藩主黒田長政が再建したもので、「住吉造」として国の重要文化財に指定されています。

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神社の境内には相撲場もありました。
そんなに数は多くないですけど、神社に相撲場があるところもありますね。
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2018年12月29日

中山道を歩く 第29回・大宮宿から日本橋<その4>

(その3からの続きです。)

ウオーク3日目です。長かったような短かかったような中山道も、いよいよ最終日です。
スタートは前回ゴール地点のJR巣鴨駅です。

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最初に出てくるのが、徳川慶喜巣鴨屋敷跡地です。
明治30年(1897)、慶喜61歳の時にこちらに移り住んだそうです。
町の人からは「ケイキさんの梅屋敷」と呼ばれ親しまれていたんだとか。
明治34年までの4年間居住していて、その後は小日向第六天町に移られたとのことです。

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日本橋の看板が出てきました!
もうカウントダウンですね。

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東洋大学です。
おー、ここに東洋大学があるのか〜。

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追分一里塚跡です。
ここは立て看板だけですね。でも無いより全然マシ。

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で、その道路をはさんだ向かいがあの東京大学です。日本の最高学府!

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こちらは正門。
おーっ、スゲー!ちょっと感動です。

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銀杏並木もすごく綺麗☆

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で、こちらはあの有名な安田講堂です。(・・・って私は生まれてませんけど。)
警備員さんが立っておられました。

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中山道的にはこちらが見どころでしょう。赤門です。
東京大学の敷地は元は加賀藩の上屋敷でして、この赤門は文政10年(1827)11代将軍徳川家斉の娘溶(やす)姫が前田家に輿入れする際に建立された朱塗りの門とのことです。話には聞いていましたけど実際見たら何だか感無量ですね〜。

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さらに進んで、順天堂大学。

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東京医科歯科大学。
この辺り大学多いですね。

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湯島聖堂です。
元禄4年(1691)5代将軍徳川綱吉が創設した孔子廟でして、寛政9年(1797)に幕府の管轄になります。この辺り不思議〜。

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神田明神です。
元は大手町の将門首塚の隣にありましたが、元和2年(1616)に現在の地に遷座されたそうです。
ちょうど江戸城の表鬼門にあたる位置になります。
平将門が御祭神となっておりまして、江戸総鎮守として多くの人々の崇敬を受けております。
山門もすごく華やかです☆

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明治天皇もこちらに御臨幸されております。

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昌平橋です。
寛永年間(1624〜44)に架設されたと伝えられています。
現在の橋は昭和3年(1928)に架設されたものとのことです。もう結構な年数経つんですね〜。

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もうすぐゴールの日本橋です。
左側が三越です。

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日本橋到着です!!!
慶長8年(1603)に初めて架けられ、明治44年に石橋となったそうです。
橋頭左右に獅子と麒麟の像を配しています。橋柱の文字は15代将軍徳川慶喜の筆です。
こんなとこに!ホントびっくり!!

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いや〜長かったような・・・。歩き始めたときは完歩できるとは思ってもみなかったので、何だかホント感無量。
あー終わっちゃったな〜っていう寂しさもありますね。

<その後、迎賓館赤坂離宮を訪れましたので番外で載せます。ここも中々行く機会も無いので今回行けて良かったです。>

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こちら学習院初等科です。
赤坂離宮はこの向かいになるんですけど、ここで皇族の皆様は学ばれているのね、と思いました。

さて迎賓館赤坂離宮ですが、かつて紀州徳川家の江戸中屋敷があった場所に明治42年(1909)に東宮御所として建設されました。
日本における唯一のネオバロック様式の西洋風宮殿建築です。
昭和49年(1974)に現在の迎賓館赤坂離宮が完成。
以来、世界各国の国王、大統領、首相などがこの迎賓館に宿泊し、会談や晩餐会などが行われています。
また先進国首脳会議など重要な国際会議の会場としても使用されているとのことです。

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赤坂離宮は本館内部は撮影禁止でして(所持品検査もある。)、こちらは主庭です。
噴水も凝ってますし、何だか圧倒されます。
本館内部も色々と贅沢なつくりになってました。

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こちらは前庭です。重厚感凄すぎて、どこの国?!なカンジですね。
posted by 花衣 悠希 at 19:54| Comment(0) | 中山道を歩く | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする