2019年08月22日

熱田神宮

熱田神宮
住所:愛知県名古屋市熱田区神宮1丁目1-1

熱田神宮は三種の神器の一つ、草薙神剣(くさなぎのみつるぎ)の御鎮座されている神社です。
伊勢の神宮に次ぐ格別に尊いお宮として篤い崇敬をあつめ、延喜式名神大社、勅祭社に列せられています。

所用があって名古屋に行くことになったので、せっかく行くんやったら熱田神宮行こう!と思い、結構強引に時間を捻出しお参りしてきました。
雨にも降られず(大阪はめちゃ降りやった(汗))清々しい空気の中で参拝することができて良かったです。

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今回は東門から入りました。なので標柱がない・・・。

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澄んだ空気で気持ち良かったです。

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第二鳥居です。

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大楠です。
こちらの大楠は弘法大師のお手植えとも伝えられているものとのこと。

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本宮です。
いやー、やはり大きくて立派ですね〜。

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こちらは神楽殿。

熱田神宮はかなり広い敷地で、全部を見ることは時間の関係でできなかったのがちょっと残念でした。
またゆっくり時間をとってお参りできればと思います。
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2019年08月18日

甲州街道を歩く 第5回・勝沼宿〜黒野田宿<後編>

(前編からの続きです。)

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2日目は1日目のゴール地点からのスタート。
この日もまたいい天気でした。

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駒飼宿です。
笹子峠の西麓にある宿場で、本陣、脇本陣、旅籠が設けられていました。

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駒飼宿の本陣跡です。
甲州街道ではなかなか本陣跡見ない気がします。
奥に明治天皇御小休所址の碑があります。

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こちらは脇本陣跡です。

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道をカーブして・・・。

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芭蕉句碑があります。

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木陰が気持ちいいです。

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桃の木茶屋跡です。
この辺りには3軒の茶屋があったそうです。

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ずっと上り坂になります。
笹子峠まであと⒊8km。

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ここら辺から山道に入ります。
笹子峠は甲州街道のほぼ中間点にあたるようです。

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こんなカンジの山道。

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甘酒茶屋跡です。
ここで甘酒が飲めたらありがたい・・・。

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ここから笹子トンネルを通ることもできますが、せっかくここまで来たので上の峠を越えます!

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馬頭観音さまがいらっしゃいます。

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ちょっと見にくいですけど、奥に赤い鳥居があります。
笹子峠の天神社になります。
近くまではよう行けなかったので、ここから遥拝させていただきました。

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今回のメイン、笹子峠です!
いや〜来れました!この暑い中頑張りましたよー!!

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下りに入ります。
正直上りより下りの方が足にこたえますね。
暑かったけど風が通って気持ち良かった〜。

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峠を無事下りてきて、こちら笹子隧道です。昭和13年に完成したものです。
洋風建築的な二本並びの柱形装飾が特徴的で、今見ても結構洒落てるなーと思います。
現在登録有形文化財に指定されています。

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矢立の杉に向かう道もなかなかハードな山道でした。

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こちらが矢立の杉です。めちゃ大きいです。
むかしの武者が出陣にあたって、矢をこのスギにうちたてて武運を祈ったところから「矢立のスギ」と呼ばれてきたとのことです。
近くには杉良太郎の矢立の杉の歌の碑があったり、お地蔵さまもいらっしゃいます。

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さらに山を下りていきます。

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明治天皇御野立所跡です。
明治13年6月に明治天皇が御巡幸された際に、ここにあった天野治兵衛家で御野立されたそうです。
建物あったんやろな、というような石垣がありますが、その他には今は何もないですね・・・。

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アスファルト道に出ました。いや〜、アスファルトは激暑ですわ(苦笑)。

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坂を下りたところが今回のゴール地点です。
ゴール地点までの道の脇の家の前で出川哲郎と澤穂希さんがロケやってるのに遭遇しました。いやびっくり!
次回はもうちょっと暑さがおさまってるといいなあ〜。
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2019年08月13日

甲州街道を歩く 第5回・勝沼宿〜黒野田宿<前編>

甲州街道を歩く 第5回・勝沼宿〜黒野田宿<前編>

開催日:令和1年8月3日(土)〜4日(日)

このクソ暑い8月にウォーキングツアーをやるという、超チャレンジングな日程設定してきた甲州街道を歩いてきました!
しかも参加者39名とか(驚)。何か参加人数増えてるし、みんなどんだけドMなんだよー。私も含めて(笑)。
今回は笹子峠越えがメインでして、途中怪しげな木橋とかありましたけど(グラグラですよ(怖)。)、山ん中なんで木陰が多く意外と暑さ的には大丈夫でした。
いやーでもやっぱり暑かったですわ〜。

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では前回のゴール地点、勝沼氏館跡からスタートです。
この奥に館跡の復元があります。
ちなみに勝沼氏館は15〜16世紀に営まれた有力武将の居館跡で、武田信虎の弟信友が勝沼衆を率いてこの地を拠点にしていました。
信友は天文4年(1535)に相模の北条氏との戦いで敗死、その後武田の重臣である今井氏が館主としてこの地を治めていったと考えられています。

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堀と土塁の跡がどーん!!
これはすごい!こんなんがこんなトコにあるとは!!ちょっと興奮です。

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北門跡を通って内郭へ。

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内郭部です。
手前は番屋。奥にも何かありそうでしたが、時間がなくて行けず残念・・・。

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こちらは手前にある武者溜(広場)。

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この堀幅はまさに中世ってカンジ。鉄砲やとこの距離は届いちゃうからねー。

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国見坂に入っています。緩やかな上り坂です。

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道路の上に見えているのが大善寺です。
大善寺は天正10年3月、武田勝頼が新府城を捨て東に向かう際の最初の宿になったお寺です。勝頼の乳母で信玄のいとこの理慶尼がここの尼僧になっていました。

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こちら山門。
重厚感たっぷりで立派ですね〜。

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で、何とこの山門、近藤勇最後の戦い、大善寺「柏尾坂の戦い」の錦絵にのっているんですよ〜。錦絵自体は見たことあったんですけど、これが実物と思ってなかったのでホントびっくり!

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参道の上にある本堂(薬師堂)。何と国宝です。
薬師三尊像を安置しております。
関東で最古の木造建造物とのことです。

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境内には芭蕉の句碑もあります。

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右手は鐘楼。

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下にあるこの建物の奥に庭園がありますので、それも見てきました。大善寺は民宿もやってるみたいです。

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こちらがその庭園。江戸時代初期のものだそうです。

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さらに進んで柏尾の古戦場跡に立つ近藤勇像です。
敗軍の将やけど、あるもんやな・・・。

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これは柏尾の古戦場跡の遠景です。
明治元年(1868)、近藤勇が率いる幕府軍と板垣退助が率いる官軍の先鋒隊が戦ったのがこの地でした。
甲州街道歩いてきたから分かりますけど、近藤勇来るの遅いわ。もう完全に甲府押さえられてんじゃん(汗)。

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こちらは柏尾坂の馬頭観音です。天保7年(1836)の建立とのことですから、戦いの一部始終も見られてたんでしょうか。

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坂の脇には色々な資料が設置されています。

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さらに進みまして、このガードレールの切れた下に一里塚があるらしいです。私は実際には見てませんが。
でも甲州街道はあんま一里塚見ないなぁ。気のせいか?

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トンネル脇に芭蕉句碑があります。
「観音の 甍見やりつ 花の雲」

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「長垣の吊り橋」が木々の間から見えます。
大和十二景の1つだそうですが、完全に朽ちてしまって危険すぎになってます。

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さらに歩いてこちら常夜燈です。享和3年(1803)建立とのこと。
なかなか立派です。

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鶴瀬関所跡です。こちらは甲州十二関の1つとも云われ重要視され、小仏関につぐ口留番所として「入り鉄砲に出女」を特に警戒したそうです。
で、この関所が鶴瀬宿の江戸口だったらしいです。

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関所近くにある金岡自画地蔵尊碑です。
この地は絵画の巨匠巨勢金岡の巡歴の際、岩面に地蔵尊を画いた所とのことです。水害があって今は碑のみになっています。

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さらに進みまして、武田勝頼の腰掛石がこちら。
民家の奥にひっそりとあります。
新府から落ちのびてきた勝頼が腰掛けた石らしいです。

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駒飼宿の看板があるので、駒飼宿に入ったのかなーというカンジ。

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高架の下をくぐります。

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あの坂の上に見えている建物、スポーツセンターが1日目のゴール地点です。
2日目はそこからのスタートになります。

(後編に続きます。)
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2019年07月27日

熊野古道 紀伊路を語り部と歩く 第7回・切目〜三鍋王子<後編>

(前編からの続きです。)

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JR岩代駅です。お昼ご飯を食べてから再びスタートです。

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浜辺を歩きます。
意外でもないですが、正直砂に足を取られて歩きにくいです。

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手前の網の上に棒が立っているところは、ウミガメの産卵した卵があるところなんだそうです。

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上に千里王子があります。

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こちら千里王子の碑です。

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境内には花山院の歌碑もあります。

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で、その上にあるのが千里観音になります。
この辺は前に来たなーという記憶がうっすらとありますね〜(苦笑)。

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さらに進みます。

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「みなべ」の地名の由来となった島が見えてきました。
鍋のように見える島が3つあるので三鍋なんだとか。でも島は見た目3つですが本当は2つらしいです。

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川を渡ります。

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先に見えているのが三鍋王子です。

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そしてこちらが境内です。三鍋王子の碑もあります。
今回はここがゴール地点になります。
posted by 花衣 悠希 at 20:44| Comment(0) | 熊野古道ウォーク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月26日

熊野古道 紀伊路を語り部と歩く 第7回・切目〜三鍋王子<前編>

熊野古道 紀伊路を語り部と歩く 第7回・切目〜三鍋王子

開催日:2019年7月21日(日)

甲州街道を歩くツアーと日程が被ってしまった関係で、こちらは第5回、第6回と飛んで今回第7回に参加してきました。
以前歩いているハズなんですけど、あんまり覚えてないですね(苦笑)。
前日も雨、翌日も雨の天気の中、この日は曇りではありましたけど雨に降られずに済んで良かったです。ただめちゃ蒸し暑かったですけどね・・・(滝汗)。

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今回はJR切目駅付近からのスタートで、その近くに光明寺があります。

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このお寺には徳本上人立像があります。

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これは凄い!蘇鉄がこんなにぐにゃ〜っと曲がってるなんて!!

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中山王子に向かいます。ここら辺から上り坂になります。

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途中に若宮社遺跡があります。
古くからこの辺の守護神として鎮座されていたそうです。
明治41年(1908)に中山王子社に合祀されております。

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まだまだ坂を上っていきます。

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ビニールハウスではミニトマトを作っているそうですよー。

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宝篋印塔が並んでおります。

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で、そのはす向かいが中山王子神社です。

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こちらが境内。右側が足の宮で足痛を治してくださるとの信仰があるそうです。

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中山王子の碑もあります。
中山王子の位置は昔はここではなかったらしいですが、正確な位置は今も分かっていないとのことです。

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さらに進みます。

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徳本上人名号碑です。
「南無阿弥陀仏」と刻まれていて、現在印南町には十六基見つかっているそうです。

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海沿いを歩いていきます。

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白い花が可愛い☆

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万葉歌碑です。

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2種ありますが、どちらも立派ですね〜。

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光照寺です。
門の上のところに可愛らしく見守ってらっしゃいます。

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道路の向かい側にある有間皇子結び松の記念碑です。

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橋を渡ります。

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踏切も渡ります。

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海岸に出ました。この右側に岩代王子があります。

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こちら岩代王子です。お社もあります。
この先のJR岩代駅付近でお昼をいただき、午後の部スタートになります。

(後編に続きます。)
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2019年07月13日

甲州街道を歩く 第4回・甲府〜石和宿〜勝沼宿<後編>

(前編からの続きです。)

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2日目は1日目のゴール地点からスタート。
この日も天気は曇りでした。(ありがたい!)
上の写真は県立青少年センターです。ここら辺は元々は武田信玄の父、信虎が館を躑躅ヶ崎に移す前の武田氏の本拠地でした。

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橋を渡ります。

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笛吹市に入ります。

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こちらは川田道標。

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第二平等川を渡ります。川には鯉が結構いてました。

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石和八幡宮です。建久3年(1192)に武田信光が鎌倉の鶴岡八幡宮を勧請し、武田家の氏神としたそうです。

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神社なんで随身門というらしいです。

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こちら石和小林公園内にある小林中翁の像です。
この公園には何と足湯ができるところもあります。すごいですね〜。
またこの公園は文政6年(1823)には石和代官山本大善がつくった学舎「由学館」があったところで、主に漢学を教授し、武士だけでなく一般人にも聴講を許していたそうです。

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石和陣屋跡です。現在は石和南小学校になっております。
享保9年(1724)、甲州が幕府領になった後に設置された代官所とのことです。

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石和本陣跡です。
寛永年間(1625頃)に幕府の命によりおかれたそうです。
明治13年(1880)の大火のため、現在は土蔵一棟のみが残されています。

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鵜飼山遠妙寺です。日蓮宗のお寺ですが、この辺りって日蓮宗多い気がします。

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こちらは仁王門。石和町唯一の仁王門だそうです。立派〜。

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本堂です。
このお寺は世阿弥の謡曲「鵜飼」ゆかりの地で、鵜飼堂と鵜飼勘助の供養塔も境内にあります。

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道に丸っこい道祖神があります。可愛いカンジです。

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道脇にぶどう畑があります。もう少しってとこでしょうか。

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長昌院です。こちらには武田勝頼が落ち延びる際に座ったという「勝頼公腰掛けの石」があったらしいのですが、今はちょっと見当たりません(残念)。

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笛吹権三郎の像です。
隣には丸石道祖神があります。

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笛吹橋を渡ります。

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さらに進みます。のどかですね〜。

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山梨市に入りました☆

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田安陣屋跡です。
徳川吉宗の二男田安宗武が延享3年(1746)に領地として甲斐山梨郡二十八か村、八代郡三十五か村が与えられたため、ここに陣屋が置かれたそうです。
上には守護神の水上稲荷社がお祀りされています。

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大宮五所大神です。江戸時代は栗原筋五十五か村の総鎮守だったとのこと。
上の写真は社殿。歌舞伎造りとなっていて、歌舞伎興行の一座はここで芝居をやり、その評判を確認して甲府に入ったらしいです。江戸時代の人たちも様子見やってるんですねえ。

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御神木の老松も大きいわ〜。

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栗原山大翁寺です。
この辺りは栗原氏の屋敷があったところだそうです。
栗原氏は東郡栗原郷を中心に強大な勢力を持っていたのですが、武田信虎との争いに破れ、その後武田氏に臣従したとのことです。

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歩いているとぶどう園を本当にたくさん見ることができます。

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美味しそうですねー☆

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甲州市に入ります。

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ここではワインの試飲もできます。さすが勝沼、ワインの産地ですね〜。
私はぶどうジュースをいただきましたが濃厚でしたよー。

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さらに進みます。もう既に勝沼宿に入っているのかな?
勝沼宿自体は元和4年(1618)から始まったそうです。

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こちら旧田中銀行社屋です。国登録有形文化財です。
明治30年前半に勝沼郵便電信局舎として建てられ、大正9年から昭和7年ごろまで山梨田中銀行の社屋として利用されました。
擬洋風建築で、藤村式建築の流れをくむらしいです。私にはちょっとよく分かりませんが・・・(汗)。

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敷地内にあるレンガ造土蔵です。山梨田中銀行の文字が扉に表示されています。
土蔵って普通漆喰ですよね〜、レンガってハイカラ〜。

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手前の白い車の置いてある建物が勝沼宿仲松屋です。
江戸時代後期の主屋を中心とした東屋敷と明治前期の建築を中心とした西屋敷の二軒分の商家建築から成るそうです。
当時の勝沼宿の建築を知る上での貴重な建物らしいです。

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右手にある松が本陣槍掛けの松です。
この辺りが勝沼宿本陣になります。大名、公家などが泊まると、その目印にこの老松に槍を掛けたんだとか。

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今回のゴール地点、勝沼氏館跡です。
次回はいよいよ笹子峠を越えます。
posted by 花衣 悠希 at 19:26| Comment(0) | 甲州街道を歩く | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月11日

甲州街道を歩く 第4回・甲府〜石和宿〜勝沼宿<前編>

甲州街道を歩く 第4回・甲府〜石和宿〜勝沼宿<前編>

開催日:令和1年7月6日(土)〜7日(日)

甲府に到着して先に武田神社と甲斐善光寺を訪れた後、いよいよ本題の甲州街道を歩きます。
この日は曇り空で雨に降られず、そんなに暑くもなくで、歩きやすい気候で良かったです。

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前回ゴール地点の甲府城跡から出発します。

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交通量の多い道を歩きます。

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甲府五山の一つ、天尊躰寺です。

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こちらのお寺には甲府学問所教授 冨田武陵さんのお墓や、

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佐渡金山奉行、大久保長安さんのお墓があります。(手前の丸っこいのがお墓です。)

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さらに進みます。

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石川家住宅です。糸繭の問屋だったそうです。大きいお家ですねー。
手前のところには道祖神がお祀りされています。

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緑のガードの下をくぐります。

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少し本線から外れますが、酒折宮です。

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こちらは連歌発祥の地ということで、碑が立てられています。

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境内は空気が澄んでいるのを感じました。
日本武尊を守護神としてお祀りされています。

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その他境内には本居宣長碑があり、

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山縣大貳碑があります。
こういうのがあるというのは、江戸時代の国学者たちも注目していた神社ってことが推察されます。

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本線に戻って歩いていきます。

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この辺りは山梨学院大学のエリアらしく、あちこちに山梨学院関連の施設がありました。
都会に比べると正直何もないところやから(失礼)、逆にすごいスポーツに集中することができそうやなって思いました。

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で、1日めのゴールは山崎刑場跡をこえた先のコンビニになりました。

(後編に続きます。)
posted by 花衣 悠希 at 22:21| Comment(0) | 甲州街道を歩く | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月10日

甲斐善光寺

甲斐善光寺
住所:山梨県甲府市善光寺3ー36ー1

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武田神社に続いて訪れたのが甲斐善光寺です。
以前信濃善光寺に行った時に甲斐善光寺もあると聞いていたので、今回ようやく行けて感無量です。

その甲斐善光寺ですが、永禄元年(1558)の武田信玄の開基で、信玄が信濃善光寺の焼失を恐れ御本尊善光寺如来などを奉遷したのが始まりです。
御本尊は慶長3年(1598)に信濃に帰座されていまして、こちらでは前立仏を御本尊とされています。

上の写真は山門です。
寛政8年(1796)に再建されたもので、重要文化財指定になっています。

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こちらは金堂です。
山門と同じく寛政8年(1796)の再建で重要文化財指定です。
両方とも重厚感あるつくりになってるなあと思います。

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芭蕉翁月景家の碑とお庭もあります。が、すいません・・・いわれがちょっと分かりません(汗)。
趣ありますけどね。
posted by 花衣 悠希 at 20:43| Comment(0) | 寺院・神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月09日

躑躅ヶ崎館(武田神社)(パート2)

躑躅ヶ崎館(武田神社)
住所:山梨県甲府市古府中町2611

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こちら2019年7月6日からの甲州街道を歩くツアーで、スタート地点に行く前に寄ったところです。
そして私は2012年以来7年ぶりの登城になります。うーむ・・・どうも2回めともなると見方が雑になるなあ(汗)。
ただ今回はお城というよりかは神社として参拝させていただきました。

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この堀の感じはまさにお城ですね。
参道は大正8年の武田神社創建の際に作られたもので、本来は南土塁が続いていたところらしいです。

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こちらは拝殿です。
武田神社の御祭神はやはり武田信玄でございます。
甲斐国の総鎮護の神社でもありますし、また「勝運」の御利益もあるそうです。
いや〜私、今年は「勝運」の神社にご縁があるなあと感じますね。何かそういう神社を訪れているのが多い気がします。
posted by 花衣 悠希 at 21:14| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月25日

本「冬を待つ城」

「冬を待つ城」
 著者 :安部 龍太郎
 発行日:平成29年10月1日
 発行所:株式会社 新潮社

豊臣秀吉の天下統一が成る最後の戦いともいわれる「奥州仕置き」をテーマにした小説です。
こないだ九戸城を訪れた際に奥州仕置きと九戸政実のことを知りまして、興味があって読んでみました。

主人公がまさかの政実の四男、久慈政則で、軍師みたいな役割で描かれていました。
政実はとらえどころのない雰囲気。ナゾも多いし。
そして薩天和尚が意外と人を食ったようなキャラでびっくり(苦笑)。
南部信直との戦いなんですけど、実は背後の秀吉と戦っているというカンジ。あんまり信直が悪人に見えないです。
まあ悪人に見えないのは秀吉側の蒲生氏郷もそうなんですけど。胃痛可哀想に・・・。
どっちか言うと、その後ろにいる石田三成の方がいやらしいかな。策士ってカンジで。

本当は降伏した後、城内皆なで斬りでしょー。そういうエグいことは描写されてなかったので穏やかに終わったという印象でした。主人公も生きてるし。
読後感は私的にはちょっと微妙なカンジでした。
posted by 花衣 悠希 at 21:07| Comment(0) | 本・雑誌等 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする