高取城跡
住所:奈良県高市郡高取町高取
沿革:元弘 2年(1332) 南朝方に属した高取の豪族、越智八郎邦澄が築城。
天正 8年(1580) 織田信長の一国破城により一旦廃城になる。
天正12年(1584) 筒井順慶により復興。
天正13年(1585) 豊臣秀長の命を受け、本多氏が入城。
近世的城郭として整備される。
寛永17年(1640) 譜代大名、植村家政が入城。
明治 4年(1868) 版籍奉還。この年まで14代234年間居住。
明治22年(1886) 城の建物が取り壊される。

以前から行きたいと思っていた奈良の高取城に行ってきました。
こちら高取城は標高584mの高取山山頂にあるお城で、日本三大山城の一つに数えられています。
三層の天守、小天守、櫓が27、門が33、土塀2900m、石垣3600m、橋梁9、堀切5箇所。
・・・スケールが全然違いますね。
実際行ってみて、石垣も素晴らしく、ホント雄大なお城でした。
天気も最初は曇っていたんですが午後から晴れまして、気温もそれほど高くなくいい気候で歩きやすかったです。
近鉄壷阪山駅からバスで壷阪寺まで行き、そこから車道をずっと登って行きました。

こちらが上り口です。車道なんで歩きやすいです。アスファルトは若干足に負担がきますが・・・。

こんなカンジの道です。
そしてこちらが高取城への入口です。壺坂口門に向かいます。

石垣が見えてきてちょっとわくわく☆

壺坂口門跡です。

進むと壺坂口中門跡です。ここまでの間は侍屋敷があったようです。


大手門です。さすがメインの門跡、風格があります。

十三間多聞跡です。ここから二の丸に入ります。

十三間多聞跡を出たところの景色です。奥の石垣の上の左端に太鼓櫓、右端に新櫓があったようです。

さらに進んでこちらは十五間多聞跡です。そしてここを通ると先ほどの石垣の反対側に出ます。

こちら太鼓櫓跡です。

そしてこちらが新櫓跡です。階段があって上ることもできます。

こちらは櫓側から見た天守台です。実は最初これが天守台と思ってなかったのでこんな写りになってしまいました・・・(汗)。

本丸です。本丸にすぐ入れないように道が折れ曲がっているのが分かります。

そして、奥に見えているのが大天守の天守台です。そこから左に石垣が見えてますが、この上に多聞櫓があって、小天守と接続されていたそうです。連結式天守の形態ですね。

そしてこちらは大天守の近くにあった穴です。縄張図を見るとどうも井戸のようです。やはり山なので水の確保は死活問題です。縄張図にはあちこちにこういう井戸のしるしが描かれています。
これからメインルートを下っていきます。

こちら宇陀門跡です。

そして松ノ門跡です。下りで楽と思いきや、意外に足にきます(苦笑)。
さらに下って、国見櫓跡です。

天気が良かったのもあって眺めがめちゃめちゃ良かったです。中央付近に畝傍山、右に耳成山(こんなにこぢんまりしてたんだ〜。)、右端に天香具山です。

さらに下ると猿石があります。

いきなりでちょっとびっくりします。場所的には高取城に行く道と明日香村に行く道の分岐点になります。説明板によりますと高取城築城の際に石垣材として運ぶ途中にこちらに置かれたらしいです。ということは、もしかしたら石垣の一部になってたのかも?!

二ノ門跡です。うっかりすると見逃しそうです。
ここら辺から水掘が続いてて、カエルがゲーコゲコゲコなかなか派手に鳴いてました(笑)。

さらに下りると立派な高取城碑が立っています。上にあったものより断然気合入ってます(苦笑)。

ラスト(スタート?)黒門跡です。ここ私ホントに見逃しました(汗)。
ここから街道筋に入っていきます。いやー、すごい城ですね。なかなか大変ですが面白かったです。